(平成18年11月22日・参院敦基法に関する特別委)

 私も、今から十数年前、大統領の就任式に列席をしたことがあるわけでございますが、大統領は聖書に手を置き、宣誓をいたします。大統領として職務に忠実に、そしてまたあらん限りの努力で尽力をしていくことを誓うわけでございます。

 これはアメリカの国の成り立ちにも私は深くかかわっていることではないかと、このように思うわけでありますが、宣誓する言葉の中身におきましては、これは憲法によって規定されている中身であります。しかし、最後のソー・ヘルプ・ミー・ゴッドのところは、これはジョージ・ワシントン大統領が最初の宣誓でおっしゃった言葉で、それを慣用的にその後の大統領もおっしゃっているということではないだろうかと、このように思うわけでありますが、あの就任式において人知を超えるものに対する畏敬の念を表しながら、謙虚な姿勢と同時に国民の前で誓いをする、この厳粛な行為の中において責任感を持ち、自らの職責の重大さを再認識をするということではないだろうかと、このように思うわけであります。

 私も九月の二十六日に国会において首班として指名をいただきました。国会において指名されることのこれは職責の大きさ、責任の大きさを感じるとともに、その後、宮中において、皇居においての親任式がございました。その親任式におきましては、やはり日本の長い歴史と伝統の中での総理への就任の意義、意味において、この責任の重さを改めて認識をいたしました。

 そして、その後の記者会見において、私の考え方を最初の記者会見で述べるに際しましては、これはもうカメラの向こうに国民がいる、その国民の前で総理としての職責を全うする、このことを宣言をしたわけでございます。国民に対しての責任を改めて実感をいたしたような次第でございます。